SAYURIというハリウッド映画がいろいろとおかしい件については,映画を見ない僕にしては珍しく随分前から気づいていました.しかし「どうせ見ないし」ということで触れずにいたのですが,一部の界隈ではこのネタで盛り上がっているようなので,久々の祭りの予感を察しつつ便乗してみようかと思いますw.でも祭りにもならないほどのクソ映画だったらどうしよう・・・.まあそれはそれでいいか.
まず最初に面白いと思ったのが,Gen Kanai氏による「SAYURIはLost in Translationの芸者版」説(via (R)Richstyles!.Kanai氏の文章の引用はリンク先((R)Richstyles!)を参照).ちなみにLost in Translation (LiT)はDYSKEで酷評されていました.長文なので上手く引用できませんが,一部抜粋するととりあえずこんな感じです.
"Lost in Translation" Is Lost With or Without Translation
Her knowledge of Japan consists of nothing but stereotypes. Even the scenes where Charlotte is presumably paying respect to Japanese culture (flower arrangement and witnessing of Japanese wedding), what Coppla depicted was stereotypical fetishism of Eastern mysticism. If you know Japanese culture well, those scenes would make you cringe with embarrassment for Coppola.
つまり「LiTは間違った日本文化に基づいて作られたひどい映画.見ているこっちが恥ずかしいわ.」というようなことが延々と書かれているわけです.僕はSAYURIを見ていないし,原作である「Memoirs of a Geisha」も読んでいないのですが,SAYURIのwebsiteやSAYURIを紹介しているwebsiteを見た限りでは,やはりどこか違和感を感じずにはいられません.これはRichstyles氏やmanami氏も触れていることですが,芸者の話を題材にした映画であるのに,監督を初めとするスタッフ,それから多くの主たる出演陣が日本人でないことがまずおかしいと思うのです.原作が外国人によって書かれた本であることも,日本人である僕からすれば理解できません(原作から間違っている可能性が高いから).芸者の映画を作りたければ,日本人によって書かれた正しい芸者文化・日本文化をテーマとし,出演陣に日本人を多数起用してしかるべきだと思うからです.
そもそも芸者というのは売春婦ではないし,ストリッパーでもないのです.しかしSAYURIの芸者はまさにこのような捉え方のもとに描かれているのです.数回前のスマステは芸者特集でした.そこでも少しだけSAYURIが取り上げられていたのですが,まるでタブー視されていたかのごとく誰もSAYURIには触れることなく,小林克也の軽快なナレーションと共に映像だけがこれまた軽快に流れてスルーされました.スマステは外国人がたくさん出演しますから,きっと会場に中国人がいたのだと思います.そのせいもあってスルーされたのではないかと僕は思っています.しかしブラウン管を通しても会場の気まずさが僕には伝わってきた次第です.つまりそれというのは出演陣の無言の感情表現であり,SAYURIに対するアンチテーゼだったと思うのです.日本人ならもちろんのこと,日本に住んでいる者なら国籍問わず,実は多くの人がSAYURIに違和感を感じているのではないかと察した瞬間でした.まあこんな声もあるということがせめてもの救いのように感じられます.
とにかく,この映画が全世界で公開され,間違った日本文化が全世界に浸透しないことを祈りたいと思います.そのためには我々日本人が,日本人でもよく知らない芸者の文化を良く理解し,ブログなどの媒体を通して世界中に正しい知識を発信する必要があるのかな,と思います.もちろん英語で.日本語で書いたって外国人は読めませんから.と,自分で書いておきながらなんですが,残念ながら僕にはできない技ですので,英語に堪能な方は是非とも動いていただきたいと思いました.はい,結局は人任せですw.
キム・ユンジン、『「SAYURI」、ヒットしたらと思います』
韓国での活動を重要に考えるキム・ユンジンは出演を辞退したスティーブン・スピルバーグ監督の「SAYURI」に対しても短く言及した。キム・ユンジンは『個人的に「SAYURI」がヒットしたらと思います』とし『それでこそもっと多くのアジアの俳優たちに多様なチャンスがもっと与えられるのではないでしょうか』と考えを明らかにした。
「アジアの俳優たち」ではなく「日本の俳優たち」なんですけどね・・・.
よかったです。同じような意見の人がいて!!トラバありがとうございます!しかも、あの長文訳してくれて、ありがとうございます!
逆に主演を日本人にして,日本人のスタッフが,韓国と北朝鮮の関係を描いた映画を作成したり,9.11同時多発テロを描いた映画を作成したら,彼ら(韓国人やアメリカ人)はどう思うかですよね.しかも映画の中で描かれる歴史背景が間違っていたとしたら.自己のアイデンティティを否定されると,たいがい人は気分を害します.そんな当たり前の事も分からないのかと思うと,例えばキム・ユンジンという人の発言は軽蔑に値します(少なくとも僕の中では).
長文英語は訳したと言えないほどの拾い読みなので,もうそれ以上責めないでくださいw.
ラストサムライもひどかったですけど、この映画はもっとおかしいみたいですね。
これでまたほいほい喜んでしまう日本人は多いのでしょうね。
私は別に国粋主義者ではありませんけど、
パールハーバーで日本がただの悪役にされてもなんとも思わず、
主人公のラブストーリーに涙し、
またこういうわけのわからない映画で
日本が世界に認められた気になる日本人は、
誇りも何もないのか、と思ってしまいます。
好きなようにもてあそばれてるだけではないのか、と。
あえて売国奴に並べて言葉にすれば、「イエローキャブ」でしょうか。
僕と同じような考え方の意見なので,おっしゃることがよくわかります.例えば韓流ブームだって,韓国国内には日本の事を未だによく思わない人が大勢いる中,日本のおばちゃん方は韓国の俳優に熱を上げていて,非常に理解に苦しむ図式が成り立っていたわけです.日本人は愛国心がない,無宗教,過去の歴史や現在の政治に無関心,ステレオタイプなどとよく言われますが,それらがすべて混ざり合った末に構築されたのが,あの韓流ブームだったと僕は思っています.
で,SAYURIですが,間違った日本文化が世の中に伝わり,中国人が日本人を演じ,日本人が中国人の脇を固めるという図式.まあスピルバーグにとっては「中国人も日本人もアジア人じゃないか」くらいの認識しかないのかもしれませんが,それというのは「イギリス人もフランス人もヨーロッパ人じゃないか」というのと同じ事だと思うのです.しかしスピルバーグはきっとそんなカテゴライズはしないでしょう.つまるところ,スピルバーグは日本(アジア)の状勢を全然分かっていないし,分かろうともしていない.日本人(アジア人)を白人より格下に見ているのではないかという印象さえ得ます.映画が売れればそれでいいんだ,という程度の気持ちしか持ち合わせていないのでしょう.世界の超有名監督がこの程度か・・・と思うとガッカリするし,この映画にヒョコヒョコと出演した日本の俳優陣にもガッカリです.そのうち「SAYURI最高!超おもしろいんだけど~」とかいう女子高生や名も知らぬアイドルがテレビに登場するかと思われますが,まあそれが今の日本の現状なのだと思って,ただひたすらに凝視するしかないのだと思います.
井筒監督あたりが日本版の本物のSAYURIを撮ってくれませんかねw.もちろん同タイトルで.「スピルバーグがなんぼのもんじゃい!」とか言って.
この時世に、米中日がひとつになった映画とは素晴らしい!
中国では、チャン・ツイイーに対して「売国奴、中国人のプライドを捨てて日本芸者を役をするなんて許せない!」との声が。「中国人に売春女の役をさせとは。あの日本侵略の犠牲者のことを考えたのか!」と怒りのブログ。
日本では「なぜ芸者役が中国人なんだ」「日本のことも何も理解していない」との批判。
アメリカは相変わらず、金の亡者。また稼ぐんだろうな。
SAYURIのポスターだけでも、どう見たって、ガイジンさんが「舞妓の格好してみました」って感じ。付けまつげ、やたら長いし、化粧も、彫りの深いガイジン好みの女性に仕上がってるし。髪飾りもなんだか、雑に華やか。
でも、それが日本人にはかえって新鮮でカワイイと見えるかも。だって、今の若い人は、ガイジンさんと同じような感覚で着物着るんじゃない?最近のファッション誌を飾ってる、「今ドキの和な感じ」に合ってるかもね。
予告編を見ると、「不思議なニッポン」の世界が繰り広げられてる印象。ファンタジーとして見れば、本当に面白いのではないでしょうか。
それにしても、日本には「サムライ」と「ゲイシャ」しかいないのね。
日本で、忠実に「芸者」の世界を描くと、きっと暗いんだろうな。なぜか湿っぽいイメージなんだよな。日本映画って。ハリウッドは、どうしてもカラっと乾いてて、スコーンと抜けてるんだよね。日本人俳優がどこまで湿っぽさを出しているか、見たいね。中国も大陸だから、乾燥してて嫌味がないんだと思う。アメリカ人は使いやすいと思うよ。
どこまで勘違いも甚だしいのか、見に行こうっと。
ちなみに「ラスト・サムライ」では笑いっぱなしでした。隣で50代の女性は涙ぐんで見ていましたけど。この感覚の違い、ワタシがガイジンだから?
>日本人のスタッフが,韓国と北朝鮮の関係を描いた映画を作成したり,
>9.11同時多発テロを描いた映画を作成したら,彼ら(韓国人やアメリカ人)はどう思うかですよね.
日本人が北朝鮮に拉致されたドラマについては韓国も絡めてたくさん作られているし、9.11同時多発テロについては、フジテレビで稲垣吾郎主演でちゃんと作られていますね。日本人だったら、思い込みだけであそこまで平気に作ることなんてしませんな。
国際関係の風刺画だって日本のはきちんと考証しているけど、外国のはたいてい、異文化に対してステレオタイプ丸出しで、まともに描かれている事は、まず、無い。
どこの国の人か知りませんが「何々と思う」「何々と思う」と、「←そりゃ、あんたが思っているだけじゃん」って事をソースに語る癖が有る。延々と事実根拠の無い自己主張をしているだけ。しかも自己(自国)正当化だけは抜け目無くしっかりやっている。
Sayuriもそういう外国人の嗜好が良く表れている。
はじめまして。僕にとっては、そんなにひどい描き方をした映画には思えませんでした。過去にハリウッドのひどい日本描写を観てきたので、今回は違和感が少なかったです。さゆり役だって、日本の女優では演じ切れませんよ。僕のブログはおおむね肯定的見方をしています。関係ないことですが、TBがしずらいサイトですね、失礼ながら。コピーひようとすると、ほかの個所をたくさん引きずってきてしまうんです。で、TBは出来ませんでした。
だから「そりゃ、あんたが思っているだけじゃん」。
こんにちは。 このブログ・オーナーはじめ、物事をよく理解していらっしゃる方がいらっしゃるのでよかったです。
さっき、この映画の記者会見の番組がありましたが、チャンツーは「最後、中国語でコメントさせてもらいます。」という具合に締めくくっていた。(失礼なやつ。)
彼女は中国人のアイデンティティーをしきりに見せたかった様子。
映画キャストの国籍混乱させたゆえに、キャストも視聴者も国2つが全員が嫌な想いをしている。
中国人3人が日本映画に出演したということ(芸者役)で、中国政府も国民も当初から憤慨!の様子。
海外では、日本よりも中国が怒っているという中国びいきの意見が強調報道されている。 また海外メディアは、日本人が選ばれなかったのは、日本人に英語が喋れる俳優が存在しないからという理由にしている。 しかし、多くの日本人も日系人俳優も応募したのは事実。 チャンツィーが若くて綺麗だから、アングロサクソンのエロオヤジ監督たちに選ばれたというだけ。
しかし、彼女、演技力がゼロ。 容姿で誤魔化されてるだけ。
公平に見ても、工藤夕貴の演技が一番上手いし、英語も香港人に勝るほどの綺麗な発音。
日本の他の役者のコメントからは、ハリウッド映画に出演し有名になることしか考えてない単純なミーハーさが伝わってきた。
工藤夕貴のコメントからは、日本に対するイメージの配慮や、内心の複雑な想いがチラホラ感じとれ。 あの中で一番日本のことを考えている賢い女性だと思う。
神道の神は姿・形のないスピリットということが基本であって、実際、神の像などは神社の祭壇に祭らない。
京都の芸者も舞妓も、宮参りは神社に行くのでそこまではいいんだけど、なぜ映画のシーンで神社に行ったのに、祭壇に大きな仏像が飾ってあるん?
ラストサムライのシーンでも、個人宅に大きな超ジャイアントサイズのけばい仏像が飾ってあり、渡辺謙がせっせと拝んでた。
どうせなら、日本はタイじゃないんだから、あっさりした静かな神道の信仰のシーンにして欲しかった。
SAYURIのシーンで、「Prayed to God」というセリフがあったが、日本人はブッダのことを「神」とは呼ばず、「仏」と呼ぶ。
・・・神道と仏教は、2つの違う宗教なんだけど~、外人さん。
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