論文執筆など個人的な諸事情で忙しい昨今ですが,人間忙しいときは他の事をしたくなるものでして.というわけで,こんな事をやってみました.
「あるある大辞典を音声無しで見ても内容は理解できるか?」
個人差はあるでしょうが,僕の場合,答えは「できる」でした.
実験方法は,番組を最初から30分間(CM含む),まずは録画しながら音声ありで見る.次に同じ30分間の内容を音声無しで見る(ビデオで),というものです(本当は全編で実験したかったんですが,さすがにそこまでやってられませんでした).ちなみにテレビを見る際,視覚と聴覚は2つで1つであり,組み合わさることで大きな力を発揮するものだと思います.ですが今はそんなことを言っているのではありませんのであしからず.
この番組をご覧になったことのある方はご存じでしょうが,特に聴覚に障害を持つ方を意識した番組作りが行われているわけではありません.したがって画面右下辺りに円形の別画面が表示され,そこに手話の人が表示されることはないんですね.にもかかわらず,音声を消して見ても内容の理解は可能でした.この理由はすでにみなさんお気づきかもしれませんが,そうです.頻繁に登場するテロップが音声の代わりをしてくれているんです.それどころか,このテロップは重要な部分が抜粋されて表示されるため,効率よく大事な部分だけを抽出して理解することができました.さらには,音声ありだと画面を凝視しせず,何か他の事をしながら理解しようとしますが,音声無しだと画面に集中するため,さらにさらに理解を深める効果もあることを感じました(今回の実験では音声ありの場合でも,音声無しの場合と同じように画面を凝視しましたが).だけど音声無しは良いことばかりじゃないです.音声を消すと娯楽的な部分はほぼ100%カットされたからです.
このエントリーで言いたいことは2つあります.一つは「視覚は聴力より勝るものではないか」ということ.もう一つは「過剰なテロップがムカツク」ということです.
まず一つめについてですが,こんな事を思ったきっかけはタモリ倶楽部の空耳アワーを見ていての事でした.たまに「そりゃー無理あるだろ!?」っていうネタが投稿されてくるときがあるんですが,多少強引でも映像と日本語のテロップ(字幕っていうんですかね?)を見てしまうと「言ってるねぇ~.確かに言ってるね.」とタモさん風に納得してしまうんですね.これはつまり,視覚が勝ってるということではないでしょうか.
次,二つめについて.あるある大辞典だけじゃなく,最近のテレビ番組はなんでもかんでも言葉を活字にして表示しますよね.エンタの神様ですらテロップ(字幕)が出る始末(芸人さんがネタをやってる時に).はっきり言って邪魔です.目障りっていうか.
視聴者に一番分かって貰いたい情報を強調したり,面白いネタを強調したいがためにテロップを出す制作側の気持ちはわかります.だけど乱用しすぎじゃないでしょうか.普段の生活からこうだと,聞いて理解する力が衰えるんじゃないかと不安になります.「テレビばっかり見てるとバカになるぞ!」なんて子供の頃に言われた人は多いと思いますが,あながち脅しではないように感じます.だけど僕は根っからのテレビっ子ですが.
このエントリーについて個人的なメールをもらいまして,なるほどなぁ,と素直に思ったので補足(訂正?)します.
このエントリーにある「実験」ですが,僕は「音声あり」を最初に試し,次に「音声なし」で試しました.しかし頂いたメールの指摘だと「順番が逆ではないか?」ということだったんですね.この指摘を受けて,その通りだと思いました.
だけど皆さん,もし時間とやる気があれば,「あるある大辞典」を音声無しで見てみてください.かなり内容は理解できますから.
というわけで,実験方法がまずかったわけです.しかしこのエントリーで言いたいこと”2つ”は変わりません.この2つがこのエントリーで一番重要なところで,「あるある大辞典ネタ」は前フリですから・・・許してくださいw.
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