国立大学という一つの組織を「研究機関」と「教育機関」であえて分けるとしたら,一体どちらになるのでしょうか.きっと東京大学や京都大学のような大きな大学は,教育機関というよりは研究機関の色が濃いのではないかと思います.しかし地方の国立大学はどうでしょうか.少なくともうちの大学に限っては,研究機関とはとても言えないと僕は思っています(教育機関としても微妙ですが).なぜなら研究ができるような環境ではないからです.それは教授陣だけでなく大学院レベルの学生でも同じ事です.様々な理由があってそのように思うのですが,一番の理由は事務方が研究に対して全く協力的でないことがあげられます.研究者の守備範囲外の仕事までどんどんまわってくるし,夜や休日はあらゆる出入り口が施錠され,学内への立ち入りが困難になります.これらはすべて事務方の都合で行われています.要するに「大学を管理する上で一番偉いのは事務方で,研究者はそれに従えと」言う構図が成り立っているのです.研究の事を何も知らない事務方が研究の事に文句を付ける.それも本質でない訂正を要求してくる.バカにバカと言われて腹を立てない者はいないでしょう.しかし我々は日々バカにバカと言われているのです.
ある部屋に保管しているサンプルは,停電すると失われてしまいます.しかし近々全学内が停電することになっています.つまり我々はサンプルをどこかへ移動させなければならないのですが,全学内が停電になるので移動させる場所はないのです.あるとすればお金を払って民間業者に委託するしかありません.まあなんとか対処するつもりではいますが,この大学側のやり方は非常に理解に苦しみます.停電したらマズイ箇所があることは知っているはずなのに,どうして一斉に停電させるのか.一斉に停電させた方が保守点検が一度で済んで楽だからという理由なのでしょうが,それは事務方の都合で考えているだけであって,研究者の意見は一つも取り入れられていないのです.彼らによって研究者は,いわば余計な心配と時間と労力を強いられるのです.
もしかするとこれは国立大学に限らず,私立大学でも国の研究機関でも同じなのかもしれません.しかし研究者は「それが当たり前」だと思って諦めていいのでしょうか.事務方が変われば日本の科学技術も変わるような気がします.それくらい彼らは研究者の足を引っ張っていると思うのです.最近の日本はタダでさえ基礎研究を疎かにし,ベンチャーだの何だのと目先のお金に踊らされているのに,事務方の非協力的な姿勢がより強化すれば,日本はあと数年以内に完全なる科学技術後進国となるに違いありません.そうなれば優秀な研究者は日本より研究のし易い外国へ出て行くだろうし,日本は世界から相手にされなくなるはずです.ちょっと利口な親ならこのような状況を察して,子供には未来のない理数系科目より先が明るい文系科目を学ばせるのではないでしょうか.昨今の子供の理系離れというのは,こう考えると当たり前の結果であるとも考えられます.
というわけで,以上グチでした.
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