駒大苫小牧の暴力事件は昨夜知ったのですが,何気なく同校のウェブサイトを見に行ったら,暴力をふるったという茶木野球部長が顔写真付きで紹介されていました.見た目は悪人顔ではありませんでしたw.ってそんなことはどうでもいいのですが,とにかく「寒い」の一言に尽きる事件です.今は理由が何であれ,たとえ頭にゲンコツを1発喰らわせるだけで,それは体罰・暴力になってしまいます.だけどこれは明らかに間違っているわけで,愛情の裏返しで出るゲンコツやビンタをどこで暴力や体罰にするかという線引きを重要な課題として捉えなければならないと僕は思っています.しかし世の中の動きは全く逆で,例えば「高校野球の練習の場にボランティアを配備し,暴力が行われていないことをチェックするべきだ」というアホなことを言い出す評論家が出現するまでに至っています.まあこのアホな評論家とは「ベンチがアホやから野球がでけへん」と言ったあの有名な「江本孟紀」さんなのですけどねw.僕から言わせれば「世間がアホやから教育がでけへん」だと思うのですが.
もし茶木部長がふるった暴力が,生徒(選手)に対する個人的な憎しみによるものであったなら,それは決してあってはならないことですから,彼の謹慎処分は当たり前だろうし,もし高野連から優勝の取り消しを通告されたら,駒大苫小牧はそれに従うべきだろうと思います.しかし「どうゆういきさつで野球部長が選手に手を挙げたのか」とか,「どれくらいの強さで叩いたのか」といったことが明確に分からなかったり,また明確に分かった末,それはやむを得ない事であったという結論に達したなら,高野連には是非そこを汲み取ってほしいとも思うのです.もし高野連が「理由など関係ない.手を挙げる事はすべて暴力で,それはすべて悪なのだ!」という審判を下したなら,それは一番寒いことだと思います.
で,以下話がそれますので読みたい方だけどうぞw.
僕はちゃんとした理由に基づいているなら,先生が生徒へ,また親が子供へ手を挙げることは,むしろ必要な事であると思っています.公共の場で子供が騒いでも全く注意しなかったり,注意しても軽く口だけで叱るような親を見ていると,その親に僕がゲンコツをくれてやりたい気持ちになります.きっと誰にも叩かれたことのない子供というのは年々増加しているのでしょうね.幼少期にそのような体験がないと,ある程度大きくなってから誰かに叩かれたとき,ものすごく大きなショックを感じたり,立ち直れなくなったり,はたまたキレたりするのではないでしょうか.「親は無くとも子は育つ」と言いますが,アホな親が側にいるくらいなら「親は無い」方がずっとマシです.子供は親を見るのですから,アホな親を見れば子供もアホになる可能性が高まります.だったら初めから見ることができないよう,「親は無い」方がいいのです.
部長暴力 道高野連、生徒にも説明 駒大苫小牧
野球部長(27)の暴力が発覚した駒大苫小牧高校(北海道苫小牧市、篠原勝昌(しのはら・かつまさ)校長)は23日午前までに、同日午後に札幌市の北海道庁前と苫小牧市の市総合体育館で予定されていた優勝報告会の中止を決定した。午前9時からは、篠原校長らが全校生徒を集め、約30分をかけ野球部長が部員に2度暴力をふるった事実やこれまでの経緯を説明した。
一方、同校は北海道高校野球連盟に対し同日早朝に電話で事件の概要を報告したが、同連盟は日本高校野球連盟の方針に基づき、暴力や報告しなかった理由などを文書で詳しく報告するよう指示した。
<追記>(19:11)
<関連リンク>
・駒大苫小牧臨時休校に、「頑張ったのに」生徒ら戸惑い
・高野連「徹底調査を」、香田監督は全日本コーチ辞退
江本さんの提案に「次の日に千本ノックすれば……」とありますが、それも体罰です。
廊下に立ってなさいも体罰。
「トイレいっていいですか」に「我慢しなさい」も体罰。
教育界の現状を知らん人はこれだから困る。
しかし苫小牧はショックですね。それにしても明徳の件といい、このタイミングで出てくるのは一体何故なのか。誰が得をするの?
「廊下に立ってなさい」も体罰ですか・・・なるほどねぇ.そうやって育った大人によって構成される未来の日本という国は,一体どんな国になるのでしょうね.もしかしたらアメリカの一部になっているかもしれませんねw.
今回の件で特をすると思われるのは,お昼のワイドショー関係者や,それに釘付けの奥様方ではないでしょうか.特に韓流ブームに冷めた奥様方は,次の獲物として高校球児を狙っている可能性もありますから,この手のニュースには興味津々なはずですw.「あらやだぁ~おくさん,ちょっと聞いた!?駒大苫小牧がねぇ~・・・」みたいな会話が今にも聞こえてきそうですw.
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