Aug 15, 2005

戦後60年 未だ埋まらぬアジア諸国との溝

日本における第二次世界大戦は,広島(1945年8月6日午前8時15分)と長崎(1945年8月9日午前11時2分)に投下された原子爆弾によって事実上の終焉を迎えたことは周知の事実です.そして今日2005年8月15日は,日本にとって60回目の終戦記念日です.首相を初めとする国会議員の靖国参拝,日本とアジア諸国の関係など,未だに戦争に関するゴタゴタは続いています.これを見ると,終戦記念日はあくまでも政治的・形式的なものであるか,もしくは日本とアメリカの間だけで成り立つ決まり事なのではないかと思ってしまいます.本当の意味での終戦を日本は早急に迎えるべきだと思いますが,そのためにはアジア諸国の理解も必要です.現状を見る限りでは非常に難しいという印象を受けますが,だからこそ実現してほしいと思うのです.

僕は2003年の8月12-13日,および同年同月14-15日は,それぞれ広島と福岡にいました.福岡からは長崎にも向かいました.いわゆる原爆ドームを見たのもこのときが初めてでした.実際に見た原爆ドームは驚くほど生々しくて,正直なところ気持ち悪さも感じました.戦争や原爆に関しては「はだしのゲン」の印象が強いのですが,原爆ドーム横を流れる川に,当時人々が水を求めて飛び込んだのかと思うと鳥肌が立ちました.広島でも長崎でも原爆資料館のようなところへ立ち寄ったのですが,そこで見る絵や写真はどれもインパクトの強いものばかりでした.「これは映画やドラマの世界ではなく,実際に起こった事なのだ」と思えば思うほど,そのインパクトはより強いものへと増幅しました.広島と長崎を訪れたことで,明らかに僕の戦争に対する知識や考え方は変わりました.最近話題の「平和」だとか「愛国」だとかを本当に知りたければ,その答えは広島と長崎にあると今は思っているところです.

戦争はそれまでの日常を一瞬にして非日常へと変化させます.戦前の女学生たちは,きっと一度も防毒マスクをつけて銀座の街を行進したことはなかったはずです(写真下).これは僕には異様な光景に見えます.しかしそれは頭の中に「異様ではない光景」が存在するからであって,戦時中においては別に異様ではなかったのだと思います.アジア諸国では旧日本兵の非道な行為が未だに強く非難されていますが,それは今だから非難の対象になるのであって,当時の時代背景を伺えば,もしかするとやむを得ない行為だったのかもしれません.日本に投下された原爆についても,同じような事が言えるのかもしれません.旧日本兵が,または当時の日本人が極悪非道で鬼畜だったわけではなく,戦争が彼らを非道な人間に仕立て上げたように僕は思うのです.あくまでも僕個人の考えですので間違っているかもしれません.しかし同種の問題に確固たる正解があるとも思っていません.

このような写真を見て「異様な光景である」と思い続ける事ができる世の中であってほしいと改めて思いました.月並みですが,戦争のない世界の早期到来を願ってやみません.と同時に,今後は原爆による犠牲者が一人も出ないことを祈るばかりです.

60回目の終戦記念日 首相の靖国参拝は見送りへ

第2次世界大戦の終結から、15日で60年となる。節目の終戦記念日は、歴史問題をめぐって中国や韓国との関係が悪化する一方、小泉首相の衆院解散を受け、事実上の選挙戦のさなかという異例の状況で迎えることになった。政府は15日の閣議で戦後60年の談話を決める方向で調整している。


防毒マスクを付けて銀座の街を行進する女学生たち


日本機の攻撃を受けて炎上する真珠湾の米軍艦


<関連リンク>
きょう60回目 終戦記念日 厚労相ら靖国参拝へ
[終戦記念日]平和への誓い新たに 全国戦没者追悼式
秘蔵の戦争写真展開催(2005/03/24 ライブドアニュース)
原子爆弾(Wikipedia)


Posted at 11:56 in 主に時事ニュース | Permalink | No Comment | | edit

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