Dec 12, 2006

【糸井重里】変わりゆくテレビ・CM業界の話

日経ビジネスオンラインで組まれている糸井重里さんの特集で,ハイビジョンの普及によるテレビ・CM製作現場の変化についての言及がとても面白いものでした.テレビ局のコンテンツはどんどんハイビジョン化が進んでいるのに対し,CMは超ハイクオリティーの画質で作成しても,テレビ局に納めるものは昔ながらのフィルムに1回1回焼いて納めているため,視聴者には低解像度の映像が提供されることになる.すなわちスポーツ中継の場合なら,汗を流している普通の選手より,CMに登場する美人タレントの方がくすんで見えることになるというのです.じゃあCMもフィルムに焼かず納品すればいいじゃないか,と素人は思うわけですが,そこには一筋縄ではいかないカラクリがあるため,なかなかそうもいかないようなのです.このような裏事情は興味深いです.

もう一つ面白いと思ったのは,ハイビジョンと大画面テレビが一般化していく中における,今後のテレビ番組の作り方に関する変化への考察でした.糸井さんはまずテレビと映画の違いに触れており,これまでは恐らく映画の脚本よりテレビの脚本の方が厚かったのではなかろうか,とおっしゃっています.このことは,映画は暗闇の映画館内で大型スクリーンを使うため,登場人物がほとんどしゃべらなくとも,ちょっと目を動かしているだけでも観賞できたが,テレビはもともと小さい画面を前提にして「ラジオドラマ」として出てきた流れがあるから台詞が多い,ということに起因しています. しかしハイビジョンと大画面テレビの進出により,今後はテレビのコンテンツも映画のようなものに変化していく可能性があるわけです.当然役者の演技も変わってくるでしょう.これについて糸井さんは,オダギリジョーが異質な存在であることを指摘しています.もの凄く鋭い指摘です(以下).

テレビの製作現場では大変なことが起きている

この流れから考えると、例えば、今のオダギリジョーの人気というのが異質なんです。彼が出てきたのは大画面テレビが普及し始めてからですよ。彼は映画を勉強してきたから、それが影響しているんだと思うんですけど、彼はしゃべらなくとも、顔の表情とか肉体の動きがものすごく“大きい”。だから、ドラマでもコマーシャルでも、しゃべらなくてもいい俳優なんです。オダギリジョーの人気というのは大画面テレビ時代の人気とも言えますよね。

これは,例えばサランラップやライフカードのCMを思い出してみると納得できます.彼はCM中でほとんど(全く?)喋っていません.今後は映画や舞台(劇団)出身の俳優が脚光を浴びる時代になるのでしょう.逆にテレビ畑で活躍してきた人たちは,今までの演技に磨きをかけないとやっていけなくなるのかもしれません.「オレは(私は)このスタイルでやってきたのだから,これからも自分を曲げない」と頑固になるなら,高倉健さんくらいの実力と存在感がないとまかり通らない気がします.そのような場合はどうなるかというと,やはり淘汰されていくことになるのだろうと思います.少々短絡的な論理ではありますが・・・.

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