青島幸男さんの死去から3ヶ月,今度は植木等さんが亡くなられました.植木さんの全盛期を僕は知りませんし,クレージーキャッツの曲もそれほど知らないので,僕が知っている限りの「植木等」はとてつもなく情報量が少ないわけですが,それでも偉大な方だと思えます.
ポスドクになりきれず,また学生でもないという不安定な身分にいると,自分はこの先一体どうなるのだろうと不安になります.ポスドクでもこれは同じだろうと思います.博士の学位を取ったはいいけど就職が無いご時世ですからね.いいだけ歳は食っているからつぶしもあまり利かないし,どうにもこうにも動けないのです.2007年問題と言われる団塊の世代の大量退職は,ポスドクにとって朗報に思えます.ですが少子化問題がその裏にはあるので,例えばアカポスが5つ空いたとしても,新たに5名の研究者を採用するとは限りません.というかその可能性は低いと言えます.ということはつまり,ますます就職状況は厳しくなるのです(仮に就職できたとしても,どっしりと腰を据えて・・・なんていう時代ではありませんしね).
暗くてウザイことをグダグダ書きましたが,研究者としてやっていきたいならこのような現状をがむしゃらに生き抜き,とにかくパワフルに論文を書きまくって少ないポストを自らの力で奪取するしかないのです.この先自分はどうなるのだろうとか,2007年問題がどうとか,個性や人間性なんて全く関係なく,とにかく論文数だけで人間の価値が決定されるこの世界ってどうなんだろうとか,そんなことを考えている暇があったら参考文献を調べ,読み,データを解析して論文を執筆するしかないのです.遊んでいる暇なんてありません.で,もしこのような生活に耐えられないのなら,その人はドロップアウトすればいいんです.そうやって淘汰されればいいのですよ.
植木さんは(というか青島さんは),「黙っておれについて来い」の中でこう言っています.
金のない奴ぁ俺んとこへこい
俺もないけど心配するな
見ろよ青い空白い雲
そのうち何とかなるだろう
まさに「そのうち何とかなるだろう」と,この曲を地で行ける精神力を持った人でないと,現在の研究畑では生きていけない気がします.植木さんの歌声を持ってすると,本当にそのうち何とかなる気がしてきます.現実はそんなに甘くないことは分かっています.でも考えてもどうにもならないことは,やっぱり「そのうち何とかなるだろう」と割り切るより他はないんだと思います.それでもなかなか割り切れないのは「わかっちゃいるけどやめられない」(byスーダラ節)に基づくんですね.人間だからしょうがないです.金持ちの道楽で学位を取るのではないのだしね.
我々研究畑に属する者だけに限らず,多くの若者は人生の先が見えないことに恐怖と不安を感じているはずです.そんな未熟者たちの心の内を,青島さんは鋭く且つ的確に捉え,植木さんは飾らないキャラクターで効果的に歌い上げ,早くから楽曲という形で世の中へ表現していたのだと気付くと,本当に凄い人たちだと尊敬します(これがフォークソングなら反社会歌となり一気に暗くなってしまう).と同時に,大切な人を亡くし大変残念に思います.最近の日本社会は,欧米の上っ面だけをマネした幻影文化により混乱しています.場合によっては「そのうち何とかならない」事態も起きています.こんなよく分からない時代にこそ,お二人の力が必要だったように思います.そう考えると,本当に残念でなりません.
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