Jul 25, 2006

「高偏差値=社会適合者」という記事について

僕はアンチ市民メディアなので,livedoorのPJニュースなど本気で貶す対象にはなりませんが,あまりにも酷かったのでちょっと触れたいと思います.「偏差値で学校を選ばないと、就職に苦戦する」というタイトルで始まるこのPJニュースは,本気なのかネタなのかがよく分かりませんが,どちらにしても笑える記事です.百歩譲って,偏差値で学校を選ばないと就職に苦戦するとしましょう.でもこの記事中にある例は,どう考えても筋が通りません(以下).

例えてみれば、一流大学医学部出身の人に手術をしてもらうのと、聞いたこともないような三流大学出身の人に手術をしてもらうのでは、いくら三流大学出身の人の腕がよくても、一流大学医学部卒業の人に手術をしてもらうほうが安心する。同じように、会社としても、三流大学出身の人より一流大学卒業の人のほうが欲しいのではないだろうか。少なくとも、偏差値の高い人は「普通の人以上に努力した」ということである。採用する企業も、少しは気にしているのではないだろうか。

どうして医者を学歴で選んでしまうのでしょうか.腕の良い三流大学出身者の医師より,腕の悪い(あるいは腕の普通な)一流大学出身者を選ぶのか.医者選びとはそんなものではないのです.腕の良さ云々の前に,まずその医者と患者である自分が合うか合わないかが大きな問題です.次に腕の良さ云々が来る.一方,その医者の学歴を気にする機会は滅多に訪れず,逆になぜ学歴を気にしなければならないのかが不明です.恐らくこのPJは比較的大きな病気をしたことがないのだと思います.また,長期で医者にかかったことがないのでしょう.とにかく思考力が浅はかで笑えます.

これに続くくだりも滑稽です.「会社は能力のある三流大学出身者より,能力の無い(あるいは能力が普通な)一流大学出身者を欲しがるのではないだろうか」とあるのですが,そんな会社がこの社会において成り立つと本気で思っているのでしょうか.それが成り立つのは国家公務員くらいでしょう.

確かに偏差値の高い人は普通の人以上に努力したかもしれません.しかしその努力は,あくまでも高校や大学に進学するために必要な能力を鍛える努力であって,それが実社会においても同様に通用するとは限らないのです.「限らないのです」というか,通用しないことの方が圧倒的に多いのです.受験なんて,はっきり言って暗記力を競うだけではないですか.極端な話,教科書や参考書を丸暗記すればある程度の受験に通用します.しかし学校という特別な世界から一歩足を踏み出せば,丸暗記が通用する場面など微々たるものです.バイトをしただけでもそれは体験できます(このPJはバイトもしたことがないのでしょうか).そこで必要とされるのは,偏差値よりも人間力です.「普通の人より努力した=偏差値が高い=だから人間力も高い」という論理は成り立ちません.

こんな記事を平気で書いてしまうこのPJは,恐らく一流大学に在籍しているのでしょうが,一流大学に在籍していながらこの程度の考える力しか持ち合わせていないというのは驚きで,まさに社会に通用しない能力ばかりが鍛えられたのだろうな,と推測できます.視野の狭さにも驚愕します.

学校を偏差値で選ぶのが当たり前と考える人はまだまだ多いようですが,自分のやりたい事で学校を選ぶのが本来の姿のはずです.「やりたいことは特にないので大学に入ってから決める.だから今はとりあえず自分の偏差値で入れる最高レベルの大学に入る」という考え方も否定はしませんが,そうやって大学に入学したのなら,学部4年間のうちに必ずやりたいことを見つけて,それに取り組んで欲しいと思います.

偏差値で学校を選ばないと、就職に苦戦する

記者が、ある学校の卒業生からから聞いた話だが、偏差値40程度の某都立高校では、就職希望でも、就職できない生徒が半数以上いるという。しかも、地元の中小企業ばかりで、大手企業の採用はほとんどない。一方、偏差値55くらいの大学進学校では、就職する人はほとんどいないので、求人が余っている。その中には、一度は耳にしたことがあるような大企業もある。偏差値10の差は、就職の明暗を分けるといっても過言ではない。

<関連リンク>
学校をネームバリューや偏差値だけで選んでいませんか?


Posted at 03:26 in 主張・考察・その他 | Permalink | No Comment | | edit

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