臭いを抑えたドリアンが開発されたことは,1ヶ月ほど前にSlashfoodで記事を読んで知っていました(こちら).タイトルだけを見たときは面白い品種改良だと肯定的な考えだったのですが,Slashfoodの記事や,その記事につけられたコメントを読んでいるうち,次第にそれらに同調するようになり,最終的には考えが変わりました.
タイではドリアンの生産量が減少しているらしいですが,その原因が強烈な臭いによる人気薄であるとしたら,なるべくしてなっているものとして受け入れなければならないと思います.臭いを抑えた品種を作り市場拡大を目指すなんてお門違いです.あの強烈な臭いはドリアンの代名詞なのに,それを抑えたドリアンなど,似て非なる物でしかありません(以下,偽ドリアン).偽ドリアンを食べた人が「ああ,ドリアンとはなんて美味しい果物だろうか」と印象を持ったところで,ドリアンの株は上がりません.なぜならそれは本物のドリアンではないからです.つまり臭いを抑えたドリアンを開発しても,偽ドリアンの市場は拡大するかもしれないけど,本物のドリアンの市場は結局拡大することはなく,それどころか偽ドリアン人気を背景に,本物のドリアンの市場は減少の一途を辿る可能性が大きいのです.もっと言えば,ドリアン本来の自然の姿が破壊されることにもなりかねません.結局,試みとしては面白いけど,何のための(誰のための)品種改良なのか分からないのです.
日本でも,例えば納豆はクセのある食べ物の代表的存在で,なんとかしてクセを無くそうとする動きが見られます.それは納豆が体によい食べ物だから,クセが苦手な人でも食べられるようにしようとする目的があるからです.しかし僕からすれば,体によい食べ物なんて納豆以外にもたくさんあるし,あの臭い(クセ)があるから納豆なわけで,それを無くしてしまっては本末転倒という気がするのです(それに,健康に良いことを一番の理由として,納豆を好んで食べているのではないし).少し前に全国的に流行ったジンギスカンも同じです.ラム肉はクセがあるから美味しいのに,「クセが無くて美味しいですねー」などと,クセが無いことを美味しい基準とし,平気な顔でリポートする芸能人を見ていると何ともアホらしい気持ちになります(これに「やわらかーい!」が加わると最強にアホ).「だったら普通の焼き肉でいいじゃん」と言いたくなるわけです.
その物が持つ固有の特徴を受け入れることができないなら,素直に受け入れなければいいのです.別にドリアンや納豆やジンギスカンが食べられなくても死にませんから.それと,これは個人的な考えですが,にんじんやピーマンが食べられない子供に,なんとかしてそれらを食べさせようと血相を変えて試行錯誤する親をテレビでたまに見ますが,あれは本当にバカバカしいと思います.あんなのは食育でもなんでもありません.にんじんの存在を子供に知られないように細かく刻んでからハンバーグに混ぜるとか,そんな時間と労力があるならば,子供が好きそうな飲み口の良い野菜ジュースでも飲ませておいて,空いた時間を子供とのふれあいや自分のために使うことを強くおすすめしたいです.それに,子供ににんじんを本当に好きになってもらいたいと思うなら,そんな逃げのやり方ではいつまで経っても子供はにんじんを好きになりません.だって子供たちはいつまで経っても本当のにんじんの味を知れないのですから.どうしてそんなことが分からないのか.テレビでアホ面を晒している親に詳しく訊いてみたい気持ちで一杯です.ちなみに,僕は好き嫌いはありませんけど,にんじんやピーマンが食べられなくても立派な大人として社会でやっていけますし,決して短命にもなりません.このことは多くの偏食家な大人たちがこの世に存在することから,証明済みの事実です.
無臭のドリアン誕生、収穫から最大3日間に品種も タイ
「熱帯果実の王様」と呼ばれ根強い人気がある半面、独特のにおいから敬遠する人も少なくないドリアン。その最大の生産国タイの農業・協同組合省園芸研究所が、においを抑えた品種を開発した。中には収穫から3日間ほぼ無臭の品種も。同国のドリアン生産量は減少しているが、新たな市場確保と消費拡大を目指す。
私もにおいを消す事にそれほど意味があるとは思えません.日本の納豆と全く同じ様な顛末だなというのに強く同意します.
最近食料品の味がどんどんフラットになっていって万人受けする味が主流になっています.そうなると尖った味に対する耐性がどんどん無くなって,更に味が平凡なものになっていくというループに陥っているようにも思えます.まぁ日本は比較的多様な味を受容する素地はあるようには思いますが,それでもちょっとそういうループはつまらないな,と思います.
ドリアンといえばインドネシアでも非常に一般的な果物な訳ですが,あの臭いも口に入れてしまえば,それも味の一部で気にならなくなります.もちろん食べていない周囲の人からしてみれば「凄い」においな事に間違いは無い(「歩くガス漏れ」と言われたことがあります)
のですが.
まとまりませんがコメントまで.
食べやすい物や飲みやすい物がイコールおいしい物と定義される今の世の中は,アホなリポーターの単なる語彙不足が原因なのではなく,本当に人々の味覚や思考が変化していることに依拠していると思いますね.それというのは,僕から言わせれば本当につまらない傾向だし,食べ物にまで日本人のステレオタイプな国民性,それから出る杭は打たれる精神が表れてきたのかと,ある種ガッカリさせられます.個性のない事が良いこと,というのは日本の文化とも言える考え方ですが,それが食べ物にも言える世の中になってきたのですね.でもこれからの国際社会,自己表現が出来ない日本人なんて居ないも同然として扱われるのは目に見えているわけで,もう少しガツガツいくべきとは思うんですけどね・・・.
僕はインドネシアには行ったことがないですけど,おーたさんは無茶苦茶行ってますよね.現地で食べるドリアンはまた格別でしょう.ちなみに,僕は一度しかドリアンを食べたことがないです.だから・・・と言えるかどうかわかりませんけど,かなり苦手な風味ですw.
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