Mar 09, 2006

辟易する「やわらかい=おいしい」の風潮

「やわらか~い」「食べやす~い」「飲みやす~い」という3つの表現が僕は嫌いです.しかしテレビを見ていれば,たぶん8割を超えるであろう数のリポーターが必ずこの言葉をいの一番に発するのです.僕の友人・知人を見ていてもその傾向があります.僕はこの言葉を聞く度にうんざりしてしまうのでした.って,このことはかなり前から言い続けているし,ブログにもすでに書いた事があるかもしれないのですが,最近また気になりだしているので改めて書きたいと思います.

僕は何も「上記の言葉を使っておいしさを表現するな」と言っているわけではありません.「開口一番に発する言葉ではないだろう」と言っているだけです.つまり「やわらかいこと」「食べやすいこと」「飲みやすいこと」は,おいしさの一つの要因である事は間違いないけれど,直接おいしさと結びつけるには無理があるだろうというのが僕の考えなのです.もし僕の考えが間違っていて,これらの言葉が直接おいしさと結びつくのであれば,例えば松阪牛より豆腐の方が遙かにおいしい食べ物ということになるわけです.豆腐の方が松阪牛よりやわらかいのですから.何かを食べて開口一番に「やわらか~い」と発する人は,毎日豆腐でも食ってろという結論に達します.

だいたい,硬くて食べにくい松阪牛をわざわざ商品としてお客に出す店などあるはずがありません.そんな店をリポーターが訪ねるはずもないのです.つまりリポーターが改めてやわらかいことや食べやすいことを視聴者へ伝える必要はどこにもありません.それにやわらかいか食べやすいかという感覚は人それぞれ違うのだから,リポーターが発するその言葉というのは何の意味も持たないのです.言い方を変えれば,それはお店側に対しても失礼な事なのです.アホなリポーターは褒め言葉だと思っているのでしょうが,店側にすれば「うちがやわらかくない肉を出すはずがないだろう」と,ある種侮辱された気分になるはずです.

この話はリポーターとお店という関係だけにとどまりません.自分と友人・知人の間にも応用が利く話です.例えば自分が気に入っているお酒を知人にすすめてみたとき,知人が開口一番に「飲みやすいね,これ」と感想を述べたとすれば,「それだけかよ!」と突っ込まずにはいられなくなります.そして「あ~こんな奴に飲ませなければよかった」と後悔するのです.僕は決して「少年が夏の草原を駆け回るような味だね」とか「日本酒のIT革命や~!」などといった感想は求めていません.「このお酒,名前は知っていたけど初めて飲んだよ.辛口でおいしいね」みたいな感想で十分満足するのです.その後に,付属的に「飲みやすいし」という感想があってもOKなのです.特別な事を相手に求めているとは思わないのですが,どうでしょうか.

何かを口に入れたとき,冒頭に書いた3つの言葉しか出てこない人というのは,味覚音痴か,ボキャブラリーの少ない人か,会話ができない非社交的な寂しい人のいずれかだと思うのです.たまにどんな表現方法も思いつかないほど直感的においしいと感じる食べ物や飲み物がありますが,そうゆうものに巡り会ったときは単純に「おいしい!」と言えばいいだけの話です.食べやすいだの飲みやすいだのという表現は不要なのです.はなまるマーケットのやっくんは「これ,おいしいっ」と吐き捨てるように言いますが,ある種潔くて,きっと本当においしいのだろうなという印象がダイレクトに伝わってくるので好きです.ホンジャマカの石塚さんもプロですね.逆にそれをパクっている内山君は,まだまだ青二才といった感じです.顔だけで売っているアイドル(男も女も),それからタレント気取りの女子アナは,多くの場合で論外です.


Posted at 16:51 in 主張・考察・その他 | Permalink | No Comment | | edit

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