Feb 04, 2005
教育改革の改革が必要
普段は読んでいるだけの「週間!木村剛」ですが,今回はちょっと参加(投稿)してみたいと思います.今回のBLOG of the Weekでは「新へなちょこ教頭のハラハラドキドキ学校改善物語」さんの「堅い肉は小さく切っても堅い」というエントリーが紹介されています.これは教育問題を語ったものです.「新へなちょこ~」さんは現職の教師だそうですから,これは現場からの生の声と考えて良いと思うんですが,僕にはどうも引っかかる点があります.
大失敗に終わった「ゆとり教育」がなぜ大失敗したのか.
この問いに対する答えと,「新へなちょこ~」さんのエントリーに対する感想は似ています.
結論から言うと「子供のことを考えているようで,実は全く考えていない」ということです.「誰のための教育改革か?」ということを考えたとき,失敗に終わった「ゆとり教育」も,「新へなちょこ~」さんが書かれているエントリーも,それから「ゆとり教育」に対する一般的な世論も,とても「子供のための改革」とは思えません.まるで選手を無視したプロ野球界のようです.「たかが選手」「たがか子供」という感を強く受けます.
「新へなちょこ~」さんは「堅い肉を柔らかくする技能がいる。これが、教師の授業技術だ。」と言及されていますが,本当にそうでしょうか.仮に教師の授業技術が向上したら,堅い肉は柔らかくなるんでしょうか.僕が思うに,柔らかくなったとしても”うわべ”だけだと思います.教師の授業技術だけで堅い肉が柔らかくなるなんて,そんな単純な事ですか?って感じです.子供が単純じゃないことは,現場にいらっしゃる「新へなちょこ~」さんが一番良く分かっている事だと思うんですが・・・.それともこれは現場の教師と子供たちの間にある「見えない壁」の象徴でしょうか.
僕が小学生の頃は,授業の一環として,または休日に,友達と先生といっしょに近くの山へ行ってバーベキューをしたり,冬は泊まりがけでスキーに行ったりしたものです.そうゆうところで先生と生徒の信頼関係が生まれました.だから教室内で授業を受けているときも,分からないところがあれば生徒の方から先生に質問したし,先生はそれに答えてくれました.「堅い肉を柔らかくする」というのは,つまりこうゆうことじゃないでしょうか.
昔何かの雑誌かテレビ番組でこんな川柳を見たことがあります(出典が曖昧で恐縮です).
黒板に 書いてあるのが すべてなら
白いチョークを 一つください
大人だけが大騒ぎ状態の教育改革.その犠牲者はいつも子供です.教師と生徒の間にある「温度差」を感じ取ることなく,机上の空論とも思える論理で「これからの教育とはなんぞや」を決めて,失敗したら「失敗しました.ごめんなさい」の一言で終了.もうたくさんです.教育改革を唱える前に,まず改革する側の改革をして欲しいと切に思います.
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