ロハス(LOHAS: Lifestyle Of Health And Sustainability)はアメリカで生まれた考え方ですが,その内容はアメリカの歴史を全否定するものです.「健康でありながら地球にも優しい」というライフスタイルがロハスなわけですが,アメリカはハンバーガーに代表される不健康な食事と,工業・産業によってもたらされる地球に厳しい環境を貫き通してきており,今もなおその体勢は変わりません.京都議定書にサインしていないことからも伺える事実です.最大の環境破壊である戦争,それも全く意味のないイラク戦争に200兆円も費やしているのが現状なのです.もちろんそれはアメリカ全体の話ですから,アメリカ国民の中にはロハスを追求している人もいるでしょう.ですが国民一人の印象に比べれば国全体の印象の方が遙かに強いわけで,やはりアメリカ人がロハスなどといっても説得力に乏しいと感じるのでした.「何がロハスだよ」と.
日本においてロハスなライフスタイルを遂行したいのなら,極端な話,江戸時代の生活をすればいいのだと思います.食事は典型的な日本食.豆腐,納豆,めざし,たくあん,などなど.電車が発達している首都圏では車になんて乗らなければいいし,地方在住者は必要最低限にプリウスに乗ればいい(要するに公共交通機関を多用する).エネルギー確保に努めるために電気の使用も最小限にして,日の出と共に起きて暗くなったら寝ればいいのです.昔の人はみんなロハスな暮らしをしていました.今だからオシャレなイメージがありますが,実はロハスというのは日本人の原点であって,オシャレでもなんでもないのだと思います.だからこそロハスの市場が熱くなる事は異常なことなのです.本来ロハスは金儲けの舞台になり得ないはずなのですから.
この時期になると北見では,エンジンがかけっぱなしのまま駐車してある車をスーパーマーケットの駐車場でよく見かけます.理由は車内が冷えるのを防ぐため.自己中もいいところなのです.高騰しているガソリン(エネルギー)の無駄遣いであり,環境破壊にもつながる行為であるというのに,彼らにはそれが分からないのです.何が言いたいかというと,自分にとって利益になることであれば周りに迷惑をかけてでも行うというスタンスは,ロハスとは言えないということです.エンジンを切らずに2,30分の買い物をしているアホどもがロハスな生活を目指しているかは知りませんが,ロハスなライフスタイルを追求している人の中に,自分さえよければそれでいいという考え方の人がいたとしたら,それは愚か以外の何物でもありません.「自分の家族さえよければ」というスタンスも同様です.もちろん「自分の国(国民)さえよければ」というスタンスも.
所詮ロハスなどというものは一過性のブームに過ぎないのでしょうから,せいぜいステレオタイプな人が踊らされてお金を使って市場を潤し,経済の支えになってくれればいいという程度に僕は捉えています.「いまロハスがカッコイイ」と言っている人が一番かっこ悪いと思うのです.
"LOHAS(ロハス)"ってなに?
マイボイスコム(本社・東京都千代田区、高井和久社長)は10日、健康や環境に配慮し、楽しみながら生活するスタイル「LOHAS(ロハス)」に関する意識調査結果を発表した。「ロハス」の認知度は4割弱で、興味を持っている人は5割強という結果が明らかになった。
同社は、アンケート結果をふまえて「健康や環境によい商品・サービスは、生産体制が従来と異なることや、『健康や環境によい』という付加価値がつくことによって価格が高くなる場合がある」として、「『値段が高い』というイメージが強く、そのため、情報の開示も求められていることがうかがえる」と注目度に比べ、実行している割合が少ない理由を説明している。
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・マイボイスコム
はじめまして。えーと、だいたい同意する部分が多いんですが、一点だけ。ロハスがはやりとかかっこいいといった形で広がることには僕も違和感があるのですが、そこで言われている理念の一部(環境への負荷を減らそう)は必要なことのはずなので、あまりこの流れにネガティブなことを言うべきでもないかな、と思ってます。つまり、ロハス自体は一過性だったとしても、この機会に地球のことや自分たちの食べ物の危険性のことについて知識が広がる(広める)ことは大切なんじゃないか、という立場です。
おっしゃるように,ロハスブームが地球のことや自分たちの食べ物の危険性のことについて知識を広めるよい機会になることは,僕も賛成です.地球の環境を考えるということは,地球に住む者としては当たり前の事なのですが,その当たり前の事がなかなかできない.だからロハスを機に考えを改めましょう,ということですね.ただ,教育が金儲けの場と化していることと同じように,ロハスが金儲けの場と化している現状には,やはりネガティブな印象を持ってしまいます.その時点で,もはや「環境より金が大事」みたいな風を感じるのですよね・・・.まあこんな考え方をするのは僕だけかもしれません.museさんのご意見,もっともだと思いました.あまり難しく考えないことが大事なのですね.
ちなみに、これは「ホワイトバンド」論争についても同じことが言えると僕は考えてます。あれも、多くの人が貧困・南北問題を知り、先進国の我々の生活スタイルの傲慢さを見直す努力をする(まぁ限界はあるでしょうが)という意味では有効だと思います。細かいケチをつけて活動を批判するよりは、あの活動が意味を持つように努力(勉強+問題の中身の宣伝)をするべきだと思います。
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