「若者の人間力を高めるための国民運動」のイベントが東京で行われたそうです.同イベントは,ニートや引きこもりなど問題が増えている若者を支援しようという趣旨に基づき,経済界や労働界などでつくられた「同国民会議」(議長,奥田碩・経団連会長)が主催.ニートや引きこもりがこのようなイベントに参加するとは思えませんが,眞鍋かをり,柔道の野村忠宏選手,それから歌手の川嶋あい見たさに約300人の若者が集まったらしいです.
各ゲストは,ニートや引きこもりを含む若者に向けてエールを送りました.それぞれのエールは以下の通りです.
■眞鍋かをり
社会に出て大人として働くためには、能力よりも先に人間力が必要。若者のみなさんは、自信を持って、人間力を高めて、生き生きとした生活を送って
■野村忠宏
目標を持って自分を奮い立たせてください
■川嶋あい
夢を一つは持って、火の中に飛び込む意気込みでがんばって
三者三様なエールなのですが,僕は川嶋さんのエールがひっかかりました.すでに何らかの目標があり,それに向かって少しずつ前進しているような若者に対して発せられるとしたらまだいいのですが,これがダイレクトにニートや引きこもりの若者に向けられるなら,かなり思いやりのない身勝手な発言だと思うからです.これはまさに,30階建てのビルの屋上から今まさに飛び降りようとしている者に対して「そんなところから飛び降りるだけの勇気があれば何でもできるだろう!」と言うのと同じ事だと思います.これは僕の一番嫌いな考え方です.何の解決にもならないし,それどころか更に状況を悪化させる可能性を多分に含んだ発言なのです.
僕は川嶋あいという人を全く知りませんので,軽くウェブで調べました.彼女は歌手で,路上ライブを1000回やり遂げているのですね.「自分は路上ライブを1000回やるという夢(目標)を持って,それに向かって火の中に飛び込む意気込みで頑張ってきた.そしてそれを達成した.だからみんなも同じような意気込みで頑張って!」という思いが,今回の彼女のエールには多少なりとも含まれているのだと思います.しかしニートや引きこもりを続けている者に対して,こんな精神論が通用するとは思えません.そのニートや引きこもりが川嶋あいの大ファンならまだ見込みはありそうですが,それでも現実は厳しいだろうと思うのです.
だいたい「がんばって」という言葉は非常に無責任なのです.言われた方は,まるで自分が何も頑張っていないかのような錯覚に陥ります.もちろん何も頑張っていないニートや引きこもりはたくさんいるでしょう.でも彼らの中には自分なりに頑張っている者も結構いると思うのです.そんな彼らを「がんばって」という言葉は全否定しかねません.僕が彼女のエールとも取れない発言に「思いやりがない」と感じた理由はここにもあるのです.きっと彼女に悪気はなかったはずだし,本当は凄く優しい人なのでしょうが,この一件に関しては「頭の悪い冷たい人間」という印象を僕は得ました.
[眞鍋かをり]ニート、引きこもりにエール
「若者の人間力を高めるための国民運動」のイベントが26日、東京都千代田区の東京国際フォーラムであり、タレント・眞鍋かをりさんと五輪柔道三連覇の野村忠宏さんが若者にエールを送り、歌手の川嶋あいさんが応援ミニライブを開いた。
<関連リンク>
・川嶋あいさん/シンガー・ソングライター
・東京生活(1行感想系=こんなこと考えてみたりして)
どうして、「がんばって」という激励一つで、非難されなければならないのでしょうか?川嶋あいさんがどういう人であっても、その人はこうだからというのは、筋違いの話だと思います。私は、川嶋あいさんをかばう訳ではありませんが、このような発言があったことを大変残念に思います。
世の中には色々な人がいます。ニートもそうでしょう。
ですから、「がんばって」という激励が、思い遣りのない発言だと感じる人もいれば、それで頑張る気持ちになれる人もいます。最近では、「がんばって」という言葉をかけられることが、大変プレッシャーになると言われています。しかし、そのことに対して、あまりにも過敏に反応しているのではないでしょうか?
僕は逆に、「頭の悪い冷たい人間」という発言に、思い遣りのない発言だと感じます。完璧な人間はいないんだから、人それぞれの行動や言動に、それらのことを受け入れられる様な広い気持ちを持てるようになりたいものです。
「頭の悪い冷たい人間」というのは言い過ぎだったかもしれません.しかし「がんばって」という言葉は,その言葉を投げかける対象者に依っては非難されるべき言葉だと思います.例えば鬱病患者など,精神的な病をもつ人に対する「がんばって」は明らかに禁句でしょう.ニートや引きこもりも,僕からすれば一つの病気だと思うのです.そうゆう病人に対して「がんばって」だとか「火の中に飛び込む意気込みで」などという,ある種”過激な”発言は,プレッシャー以外の何ものでもない気がします.
世の中にはかずんさんがおっしゃるように「がんばって」と言われて本当に頑張れる人もいるでしょう.これについては,僕は何の異論も反論もありません.ですが「がんばって」という言葉を投げかける対象者がニートや引きこもりだった場合は,そうでない人が対象の場合よりも,熟考した上での発言が必要なのではないかと思います.「熟考できない」あるいは「そんな時間はない」などというなら,初めから「がんばって」という言葉を使わないのがよいと思います.ZARDの「負けないで」の方がずっといいんじゃないでしょうかw.
あたしが同じ立場(ニート)だったとしたらどうなんでしょう?
多分川嶋あいに励まされても元気にならないと思います。
っていうより多分大きなお世話、だと思います。
でも、応援してくれる人の気持ちを汲み取る心も大事なんじゃないかなぁと今思えるのは多分余裕があるからなんでしょうね。
僕が思うように,もしニートや引きこもりが病人なのだとすれば,Layさんのように「応援してくれる人の気持ちをくみ取る心も大事」と思えるのは,いわば病人でない証拠のように思います.「がんばって」という言葉を贈る側が意図しないものが相手に伝わる可能性もある,ということを知っておくことは,意外と大切なことなのではないかと思います.僕もこのコメント欄でコメントをもらったり,このブログを見た人から直接いろんなコメントをもらったりして,このエントリーを書いた時から少し考えが変わりつつあります.
日本語に「がんばって」以外で励ます気持ちを表す言葉が無いか見当たらないのが辛い。励ますのを単純作業化されているみたいで、受け取り側如何では、悪い用に取れたりもするし。
「がんばって」という単語を用いずに,「がんばって」という単語で言い表したい事を言えばいいのではないかと僕は思っています.例えば眞鍋かをりのコメント(エール?)は良い例だと思います.「このコメント=がんばって」なのです.しかし自分の気持ちを「がんばって」に集約させず具体的に述べることで,相手を思いやる自分の気持ちが,その相手に確実に伝わる気がします.
純粋に、頑張ってという発言が、相手を思ってのことだから... と思っていたのですが、このエントリをきっかけに、自分の考えを改める必要があると気づかせてもらった気がします。
言葉1つで、どうにでも解釈できる訳ですから、本当に気を付ける必要がありますね。良い勉強になりました。皆さんのコメントを真摯に受け止めたいと思います。
ただ、この様なことに配慮しすぎて、真意を伝えられなくなる、若しくは、コミュニケーションすらなくなることを懸念しているのですが...
ニートや引きこもりとは少し違うかもしれませんが、
うつ病の人に励ましは禁句です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%B1#.E6.96.B9.E9.87.9D
ニートや引きこもりは、何も努力しなくても、頑張らなくても家族の援助で生活していけるからニートや引きこもりでいられるわけです。遊んで生きていけるから仕事をしないことを選んでいるだけ。
中には病気が原因でニートや引きこもりをしている人もいるでしょうが、そのような人は病気の治療が先決でしょう。
通常は病気ではありませんし、本質的には家族に責任があります。
根本的な解決手段としては、彼らを働かざるを得ない環境に(働かなきゃ死ぬくらいの)おくことであり、
そうしない限り何したって無駄です。
そういう意味で、「若者の人間力を高めるための国民運動」もまきこみ計画さんも事の本質をはき違えています。
ニート・引きこもりは病人じゃないのです。
本当のところAnonymousさんの主張には、100%賛成なのです。
でもまきこみ計画さんの視点と食い違っている部分があるように見えたので、そこだけ指摘しておきます。
> そういう意味で、「若者の人間力を高めるための国民運動」もまきこみ計画さんも事の本質をはき違えています。
仰られているところの「ニートは甘やかした応援の対象では無い」という主題ではそうなのかも。
でもまきこみ計画さんは、「応援するならばなおの事、相手の立場、受け取り方をおもんばかれ」という主題のように見受けられます。なので相手がニートでなくともこの主題は成立すると考えられます。
ニート・引きこもりと実際の心理的な病気との区別はつかないので(今の「ニート」の行政的な区分では。言葉の定義的にはつくのかもね)、「ニート」に対しても心理的な病気の方を含んでいると考えて、まきこみ計画さんの主題が成立します。
本質をはき違っているのではなく、定義が食い違っているのはないですか?「ニート」の単語は、辞書通りではなくなっているのでしょう。
ニートの分類がどんどん乱暴になってきていると思うのですが
どうでしょ。
一旦細分化すべきでなのかなぁ。
そもそも、ニートを考えた上で励ますとかそう言う事を
してくれるのならまだしも何も考えてないと思うのですがね。
ニートと言う物が複雑な分類の上で成り立ってると私は思うので。
川嶋あいっていうと、金スマなどでも最近やってたんですが、19歳(今年度では20歳ですが。。)にして波乱万丈って事で有名です。
まぁ、川嶋あいを知るとなるとかなり奥が深くて、恐らくさらっとしたものでは語れないものがあります。
色々なところでその不幸話が出ているので結構有名でもありますが・・・・。
「同情してほしいんじゃないの?」とか「ちょっとそれを売りにしすぎ」とかって意見も出てますね。。まぁ確かに自分もやりすぎだと思うところはありました。
お母様が川嶋あいをどうしても歌手にさせたかったみたいで、16で上京して知らない土地で、路上ライブから夢を叶えるために目標をかなえていったっていう事がTVでやってました。
普通だったらもう一度で諦めちゃう人多いんじゃないでしょうかね。
まぁそんな話しは人によっても、正直うざいと思うみたいですが、あたしはそれでも自分は負けない、って思って夢を叶えた彼女を本当に尊敬してすごいと思います。
だから彼女に励まされると逆に自分が恥ずかしくなりそう・・ってのもありますね。
私は、ニート、30代の無職者が世間から甘いと呼ばれることは、納得がいきません。この10年で、経済システムが大きく転換しました。
不況下により中流階級層が消えつつあり、上、下の層に分かれており、下の層が、大量の非正規雇用者なのです。正社員になれず、人材派遣会社を転々とすれば、仕事に夢を持てず年収も低く結婚もなかなか出来ず、また企業側は、大量の人件費の削減をこういった若者で安くまかなっており、用無しになれば、派遣会社に通告する。
これでは、人間の尊厳のカケラも無く、働く側も夢を感じないことは、当たり前であるでしょう。
NHKの若者を責めることは、出来ません。
このような社会システムを作った合理化リストラ経済を欧米から取り入れたものは、日本の多くの企業なのですから。
「タジイの気楽日記」→
http://blog.livedoor.jp/ccc03271/
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