前回のエントリーでは秋葉原の生活事情について書きましたが,今回は秋葉原の代名詞ともいえるオタクについて.ところで”オタク”という言葉ですが,生みの親は「みうらじゅん」かと思いきや違いましたw.コラムニストで編集者の中森明夫さんという方が1983年に作った言葉だそうです.
ネットで秋葉原のオタクを調べていたら,小寺信良さんのコラムを見つけました.
日本人はなぜオタクとなり得たか
このコラムを考察する上で重要な事をまず以下に引用します.またこれは,このコラム全体を通しての重要な仮定にもなっています.どうぞ誤解のないように.
本稿でのオタクの定義を明確にする必要があるだろう。このコラムとしては、かつてのオタクのイメージである根暗、ダサい、ロリコン、性犯罪者予備軍といった意味では扱っていない。一般の人があまり価値を認めない、なにかのテーマに没頭して研究するタイプの人間の総称という、かなり広い意味で捉えている。
秋葉原がマニアの聖地になったのは,今から60年も前の事のようです.当時到来したラジオブーム.しかし当時のラジオは組み立てキットが主流で,一般の人には組み立てが難しかったそうです.そこでマニアな学生がバイトでラジオを組み立て,販売するようになったのだとか.これにより,それまで業者の街だった秋葉原は一般の人にも広く門戸を開くようになったんだそうです.
中森さんがオタクという言葉を生み出した頃,世間はマイコンブームだったようです.秋葉原でも当然マイコンキットが売られました.この頃20歳前後だった人たちが,オタクの第一世代だと小寺さんはいいます(つまり小寺さんと同期の人たち).以下は中森さんが学生だった頃の友達の話.
関数電卓男の中でもっとも変わっていた人物が、いつも筆者のことを「おたくは~」とか「おぬしは~」とか呼んでいたのを、非常な違和感を持って聞いていたことを思い出す。正真正銘オタクの本物に出会ったのは、それが初めてだった。
『「大人になっても幼い」というのはモンゴロイドの特質である』とする学説があるらしいのですが,中森さんは「日本人はなぜオタクとなり得たか」を,この学説の視点から考察しています.これがなかなか面白い.ちなみに北大医学部の澤口教授の説だそうです(あくまでも「説」なので異論もあるようですが).以下に引用します.
澤口氏の説を借りれば、もともと人間の原種は東アフリカのネグロイド(黒人)で、それが欧州に渡ってネオテニー化したのがコーカソイド(白人)、さらにコーカソイドからネオテニー化したのがモンゴロイドであるとしている。モンゴロイドにはいくつかの系統があり、日本人の種の源流は、シベリアに進出したモンゴロイドである、ということだ。
「ネオテニー」とは幼形成熟(幼い特徴を持ったまま大人と同じ状態になること)をいいます.澤口さんの説からすると,モンゴロイドは「人類がネオテニー化して行き着いた先」なんですね.わかりやすく言えば子供っぽいということになります.また我々の種の源流はシベリアに進出していますから,寒さに対する耐性を高めるという環境適応をする必要がありました.ネオテニー化したことのメリットは,精神的にも肉体的にもいつまでも若いということです.海外に行って日本人が若く見られるという現象も,ネオテニーから説明できそうです.
しかし韓国人や中国人も同じモンゴロイドなのに,オタク化していないのはなぜか.これについて中森さんは以下のように考察しています.
ある程度の経済的な余裕、そして安定した物流システム、および情報ネットワークである。カネ、モノ、情報という条件を、日本では比較的早期にクリアすることができた。
ここまでの内容だと,このコラムおよびエントリーで仮定しているオタクというのは「単なる幼稚な変わり者の大人」です.だけどオタクが持つ能力とかエネルギーというのは計り知れません.オタク的なものが立派に市民権を得て,シンクタンクがその市場性の高さに着目する所以はここにあるんだと思います.
少なくともオタクは、ある程度の能力がなくてはできない。膨大な情報を吸収し、人並み外れた根気でそれを整理、発信する。発信は自己顕示欲につながり、オタクの成長サイクルが回転し始めるわけである。
理想的なオタクは、学生時代には親のメリットを最大限に生かし、社会人になっても経済的に苦労しない人生を歩む。筆者の知る限り、オタクでありながら社会人として生活している人は、オタクそのものを職業にしている人は別として、たいてい大手企業の研究員や開発などの重要な、だがどちらかといえば裏方の専門職であるケースが少なくない。
ツボにはまれば、バツグンの集中力を武器に難題をクリアするタイプである。オタク的な人材は、使いどころを間違わなければ、企業にとっては大きな戦力だ。したがって給料も悪くない。さらに独身というところにも、ポイントがある。自分の行動に干渉する人が居なければ、思う存分時間とお金を使うことができる。
このような、親からは勉強のことで文句を言われたことがなく、社会的には多少変人であるものの仕事はできるというタイプの人が、立派なオタクとなって日本の産業とカルチャーを支えていくのである。
上記引用文は個人的に思い当たる節が多々あり,心にズキズキと突き刺さるんですが・・・.ま,まあそれはさておき,とにかくオタク(というか真のオタク)のポテンシャルは高いようです.
だけど1つだけ言わせてもらえば,先のエントリーでも書いたんですが,オタクと呼ばれる人たちは共通して社交性がないように思うんです.ネットを介しての社交性はあるかもしれない.だけど実際に人と会ってリアルな会話がスムーズにできるだろうか.研究者も深く研究の世界に入り込むため,たまに外界をシャットアウトし,誰とも会話をせず研究に没頭することがあります.だけど自分の成果を分かり易くプレゼンする義務もあります.いくらいい研究をしていても,プレゼン能力が無ければ研究者としてはやっていけません.また研究以外のことでも話ができるよう,広く教養を持つ必要もあります.オタクも同じではないでしょうか.僕がオタクを気持ち悪いと感じる所以は,こんなところかもしれません.
オタクは今や日本を代表するカルチャーの1つになってます.日本のアニメは海外でも大人気ですし,コスプレなんかも流行ってます.決してオタクはネガティブなものではありません.だからオタクの人たちも「オタク文化」が「ネガティブな文化」として一般の人からとらえられないよう努力する必要があるのではないかと思います.オタクになれるということは素晴らしいことだと思いますしね.オタクになれない人ってのはこのご時世,本当に多いですから.
T/B(トラックバック)ありがとうございます。
分析系blogとしては、面白いですね。
オタクねたにT/B来るとはおもってなかったもので...。
かく言うわたくしは、恐妻に言わせると"オタ"らしいですが、
真性オタクの知人に言わせると「オタもどき」らしいです。
また面白い話題がありましたら、
T/Bやコメントをお願いします。
こちらからもT/Bさせていただきます。
"タモリ倶楽部に出演すること"とありますが、
空耳アワーを狙ってるんでしょうか?
真性オタクから言わせれば,生半可な気持ちで”オタ”を名乗って欲しくないのかもしれませんねw.だけどそれだけ自分にプライドを持てるってのは素敵だと思います.あとはそのプライドと能力を上手く世間に伝えることができれば完璧でしょう.お知り合いの方はこの辺り,大丈夫ですか?
”タモリ倶楽部の出演”は,「萩原健太さん」とか「なぎら健壱さん」とか「山田五郎さん」とか「みうらじゅんさん」のような立場での出演を夢にしてます.まあほら・・・夢ですからw.空耳アワーなら,安斎さんの立場は無理としても映像の中に何らかの形で出たいですね.ハガキを投稿する立場ではなくて.ちなみに,なぎらさんは空耳アワーの映像にも出演しているんです.神ですネ申(←ちょっと2ch風にイタイ雰囲気で書いてみましたw).TVブロスには一度だけ投稿ネタが載りましたw.
初めまして。TBありがとうございました。
オタクに関しての考察、拝見してついウンウンと頷いてしまいました。
社交性については特にそう思います。『暗い』『気持ち悪い』と
他人についそう思わせる部分、彼ら自身にも責任があるわけで。
ひとつのことに没頭するあまりまわりが見えなくなりすぎてしまう気持ちは
わからなくは無いですが、、、確かに夢中になれないこと、『オタク』に
なれないことは、ある意味無難ですがつまらないと思うので。
よく『オタク』という言葉が使われる、アニメや漫画などの文化も
間違いなく日本を支える市場になっていますし、ネガティブな印象が
もっと薄まれば嬉しいのですが、イチ『ヲタ』としては。
最近は社交的でオシャレな『オタク』を目指す人も増えているみたいで、
これからまた『オタク』への考え方は少しずつ変わってゆくのでしょうね。
こちらからもTBを・・・とおもったのですが、
何やら全部長々と表示されてしまって・・・?
TBのことから、内容から、知識の無さがお恥ずかしい限りです。
もし宜しければ削除お願い致します;
お手数かけまして本当に申し訳ないです。
それでは。(迷惑の置き逃げですね;)
でんしんさん,TB&コメント,どうもありがとうございました.TBの件に関してはどうぞ気にしないでください.ただ全文表示されちゃうとTBの意味が無いように思いましたのでw,最初の数行以外は削除させていただきました.
このエントリーではオタクを「一般の人があまり価値を認めない、なにかのテーマに没頭して研究するタイプの人間の総称」として定義したわけですが,一般的には「オタク=アニメまたはゲームマニア」ということになっているんだと思います.しかも「気持ち悪い」というおまけ付きでw.でも彼らが気持ち悪い事によって誰かが実質的な被害を被っているかといえば,そんなことはないんですね.むしろ市場を支える”金づる”として歓迎されているくらいですから.
と,ここまで書いて気づいたことが一つあります.それは,でんしんさんが仰るように,もしオタクが変わったらどうなるか.オタクが非オタクに対して自分が大好きなアニメやゲームの良さを伝える力が備わったら.つまりオタクと呼ばれる人たちに社交性が備わったら,市場はどう変化するでしょうか.僕が思うに,今は金づるでしかない彼らの中から,自分で会社を興してビジネスを始める人がポツポツと現れる気がします.真性オタのポテンシャルは高いわけですから,「オタクの目からみたオタクのためのオタクな商売」は,市場に大きな影響を与える気がしてなりません.そんな日が来たとき,オタク文化は完全に日本文化・経済から切り離せない大きな存在になるでしょうね.個人的には楽しみだったりしてます.
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