Nov 03, 2006

大人買いは馬鹿な大人の育成に寄与していないか?

連続ドラマを毎日あるいは毎週かかさず見る場合(これをAとする)と,そのドラマをすべて録画しておき(あるいはDVD-BOXを買ったりして),全部揃ってから一気に見る場合(これをBとする)とでは,同じドラマに感じる印象が違ってくるように思うのです.Aの場合は放送に一定の間隔があるため,その間隔の中で今後のドラマの行く末を自分なりに考えたり,友人知人とドラマの内容について語り合ったりする時間をとることができます.そうすることでドラマの内容を記憶しようとするし,次回放送時にはその記憶を呼び戻して最新の放送内容に結びつけようとします.つまり頭を使うのです.一方,Bの場合は全編を一気に見ることができるため,「次は一体どうなるんだろうか」ということを予想する暇もなく,つまり変なストレスを感じることなく,どんどん新しい内容が自分の中に流れ込んできます.これにより全編を見終わった時は「面白かった」という満足感と共にある種の爽快感も得ることができるわけですが,実はその感覚というのは極めて一時的なものであり,数日後,あるいは数ヶ月後には「あのドラマってどんな内容だっけ?」というように,情報が記憶の中から消えてしまいやすくなるように思います.「どうせまた新しいドラマが始まるのだから別にそれでもいいじゃないか」という考え方もできるので,それは人それぞれということでどちらが良いとか悪いという話ではないのですが,僕はBの場合をなるべく避けたいと思っています.自分が期待するドラマであればなおさらのことです.

これと同じ事はマンガにも言えます.単行本が発売される度に購入して読み,続きを心待ちにする人(A)と,完結してから全数巻を大人買いする人(B).単行本の場合はテレビドラマより次回作がリリースされるまでの間隔が長いですから,記憶力はかなり鍛えられるはずです.しかもテレビと違い視覚でしか情報を読み取ることができないので,いくらマンガとは言っても半ば垂れ流し状態でテレビを見るよりはずっと頭を使うと思います.

大人買いは,子供の頃にできなかったことをやってしまうという意味でとても楽しいことですが,老化への第一歩と考えることもできると思うのです.我々は携帯電話の普及により電話番号を少しも記憶しなくなり,インターネットの普及によりちょっとした情報でも記憶しなくなりました.僕に限っては,少なくとも10年から20年前に比べたら,生活の中で記憶に頼る部分は確実に減っています.その原因は時代の流れだけに結論されるものではなく,僕が大人になったからであるとも考えることができるでしょう.「記憶力の低下には老化が大きく寄与する」という一般論は,記憶力低下(老化)は自然現象であると説いているようですが,その内訳を見ると,実は大人自らが「記憶する」ことを避けているからこそ脳の活動が低下し,それによって記憶力が低下するのであって,つまり記憶力低下の中には自然現象の他に人為的な要素も多く含まれているように思えるのです.これは記憶力だけでなく考察力にも言えることです.子供と大人が同じドラマやマンガを見た場合,子供は子供なりの,大人は大人なりの考えを持って然るべきですが,昨今におけるそこに存在すべき差の大きさや有効性は非常に怪しいと思います.むしろ大人買いできない子供の方が,独自の素晴らしい考えを持っているのではないかとさえ思ってしまいます.


Posted at 15:47 in 主張・考察・その他 | Permalink | No Comment | | edit

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