土曜日だというのに朝の8時頃に「ピンポーン」と部屋のチャイムが鳴ったのです.何の前触れもなく鳴るこの手のチャイムの鳴らし主というのは,これまでの経験上ろくでもない奴らだったので,今日も居留守を使いました.というかまだ寝ていたので出るのが面倒くさかったのです.それからしばらくして玄関へ行くと,案の定ろくでもない者からのプレゼントが郵便受けに入っていました.いわゆる新興宗教団体に勧誘するための小冊子でした.これまでにも何度か,同様の小冊子が勝手に僕の部屋の郵便受けに入れられていたことがありました.いつもは一度も目を通すことなくゴミ箱行きでした.しかし今日は試しにトイレの中でパラパラと見てみたのです.全部読むのはさすがにバカらしいので拾い読みをしたところ,「人は全能の神の子である」という文字とか「私はこれで救われた」的な体験談が目白押しでした.
「この宗教で私は救われた」という人の体験談を3つほど拾い読みしたところ,ある共通点に気づきました.それは3人とも宗教に入る前までの人生がどん底で,自殺未遂をするほど追い込まれていたという事です.しかし宗教に入った事で精神的なバックアップを感じ,明るく生きる事ができるようになった,みたいな経緯なのです.
どん底の者は藁をもつかむ気持ちで,とにかく何かにすがりつきたいという弱い心をもっています.その弱った精神,あるいは心の隙間に宗教は入り込むのです.実際のところ,どん底だった者の人生を変えた本当のきっかけが宗教に入ったことであるという科学的な証拠はどこにもないでしょう.しかし救われた者は宗教の力を完全に信じ,そのうちお金という貢ぎ物を繰り返すようになります.そして自分の信仰を貶す者を敵対視し,「信じないならそれでいい.しかしお前に天罰が下っても知らないぞ」というようなニュアンスの脅しをかけるのです.ところが「信じないならそれでいい」と言っておきながら,他方では強制に近い勧誘行為を続けます.この矛盾は一体何でしょうか.どう説明するのか.まあ宗教団体相手に論理的な説明を求めても無意味だとは思います.「神の力です」みたいな事を言われれば,それが彼らにとってのすべてなのだから,もうそれ以上の議論はあり得ないのです.
どんな宗教を信仰しようが,それはその人の勝手です.しかしその宗教を他人に強制したり,または宗教の名の下に全く関係ない人へ迷惑を与えたりするのは本当にやめてほしいと思います(本人たちがそれを一般社会における迷惑行為だと認識していないことが一番の問題なのですが).なんちゃら学会とか真理教とか,その存在自体がただでさえ目障りで迷惑だと思う僕のような人間もいるのだから,とにかく慎んだ活動を続けてほしいと思うわけです.少なくとも休日の朝8時にチャイムを鳴らすのはどうかと思います.
我が家にも来ました。
今まで来た事ないのに。
ついでにうちの会社にもいますが、私が不幸にあうと早速勧誘してきました。病気も治るとか!!
困ったものです。
同じ日に来ましたか?僕はあまり家に居ないので,もしかしたら普段も来ていたのかもしれません.まあいずれにせよ,うざったいのですけどね.
信者勧誘がノルマ制になっている時点で,もうおかしいのです.宗教っていうのはそうゆうものではないはずなのに.結局お金儲けが根底にあるからそうゆうことになるんですね.
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