重さ約5kg,推定年齢100歳のゴジラ級ロブスター(Lobzilla::ロブジラ)が発見されたという記事を読んで凄いと思ったのも束の間,ABC振興会では10kgのロブスターが紹介されていました.上には上があるものです.しかし大きさではABC振興会にあるロブスターが上ですが,想像する味に関してはどちらも甲乙つけがたいほど期待できない気がします.大きければ大きいほど美味しいとは思えないし,年齢が100歳とかそれ以上だというのだから,成熟しすぎて味は落ちているように思うのです.第一見た目が悪い.巨大なイカやタコなどと同じように,平均的(一般的)な大きさより遙かに大きいと,動物に限らず植物でも気持ち悪さを感じます.例えば全長が1mにも2mにも成長するタンポポがあったとしたら,そしてそれらが群生していたとしたら,かなり気持ち悪いと思います.逆に平均的な大きさより遙かに小さい場合は,気持ち悪さというよりかわいさを感じます.これは僕だけの感じ方かもしれませんが,例えば30cm四方程度の水槽で飼えるクジラとか,手乗りパンダがいたとしても気持ち悪いとは思わず,可愛らしいという感情が優先するように思います.
なんでも小さくしたがるのは日本人の潜在的な意識によるものである,というような話を聞いたことがあります.一番分かりやすいのが盆栽.松の木など,本来であれば大きく育つものを小さな植木鉢にまとめあげる.この考え方,あるいは文化というのは,まさに日本人独特のものであり,今でも現代人の中に脈々と受け継がれているのだそうです.例えば電気製品一つをとってみても,日本の製品は小さくすることに命をかけているような側面がうかがえます.また,軽自動車やコンパクトカーが製造され,よく売れている背景にもこのような日本人独特の意識を感じます.態度についても,出過ぎた大きな態度は悪で,自分の気持ちを押し殺した謙虚な態度(小さな態度)が善とされてきました.研究の分野においては,日本人はミクロな視野で物事を考えるのが得意であるように思います.例えば,外国人が開発した大規模な(でも荒削りな)モデルがあったとすると,より計算精度を向上させるためにモデルの一部を改良する必要があるのですが,そういった細かい部分に日本人の精密な研究が生かされたりしています.フィールド観測でも,日本人は外国人より細かく,いい意味で神経質な測定をしたがる傾向にあるように思います.
というわけで,多くの面で「大」より「小」を好む傾向にある日本人ですが(と僕は勝手に思っていますが),近年の国際化に対応するためには「大」も好むような意識改革が必要なのかもしれないと思った次第です.しかし意識的に「大」を好んでいるようではダメです.我々が無意識のうちに「小」を好んでいるのと同じく,「大」を好む志向も潜在的なものにしないと,本当の意味で「大」を好んでいるとは言えません.しかしその一方で,「小」を無意識のうちに好むことができるという日本人独特のメリットも決して忘れてはいけないことなのです.これを忘れてしまったのでは,日本人の良さが消えてしまったのと同じことです.好む志向を「小」から「大」へ完全移行するのではなく,「小」を好み続けながら,今よりも数倍「大」を好むようにするのです.恐らくもの凄く難しいことだと思いますが,だからこそやる意味があるようにも思うのです.
writeback message: Ready to post a comment.