Jul 24, 2005

大相撲における改革の歴史をたどる

一家族のもめ事から兄弟仲の問題へと発展した若貴の醜い兄弟喧嘩も,本場所を迎えてからはあまり聞かなくなりました.いや,別に聞きたくないのでいいのですが,一つだけ気になることがあるのです.それは,同問題がいつのまにか「若vs貴」ではなく,「貴vs相撲協会」になっているような印象を受けることです.貴乃花が掲げる改革と,それを受ける協会との駆け引き.貴乃花は協会から厳重注意を受け,一応謝罪をしました.しかし貴乃花が本当に改革を行いたいと思っているのなら,これで引き下がるとは思えません.それは過去の事例を見ても,一筋縄ではいかないことがよく分かるからです.

貴乃花が掲げる「改革5箇条」によく似た「改革10箇条」は,昭和7年に関脇の天竜らによってすでに提案されていました.俗に言う春秋園事件です.天竜は中華料理店「春秋園」で力士の生活状況と相撲協会改革の必要性を述べ,改革方針として10箇条の項目を挙げて説明をし,これの相撲協会への要求を主張しました.その後,改革10箇条に対する協会の対応が不誠実であると判断した天竜ら32名は協会を脱退し,大日本新興力士団を結成しました.彼らは髷(まげ)を切り落とし,大関や関脇といった地位を廃止して,相撲を完全にスポーツとして捉えました.入場式にはガウンを着た力士たちが行進曲にのって登場しました.また入場料を安くし,大衆化を図りました.この他,彼らは警視庁から興行許可を受けた後,宣伝用の飛行機2機を借り,天竜自らが乗り込んで数万枚の宣伝ビラを空から撒くという派手な宣伝も行っています.そのかいあって一時期は相撲協会を危機的状況にまで追いつめました.しかし時勢には勝てず,結局天竜らの改革は失敗に終わったのです.ですが現在の相撲で行われている場内アナウンスは,天竜らの改革が大元であるといえます.ちなみに晩年の天竜は,TBSラジオで大相撲の解説を行っています.

春秋園事件のような力士たちの改革運動は,古くは江戸時代,1851年の嘉永事件にまでさかのぼります.これは本中力士(序ノ口と前相撲の間の地位)たちのストライキです.当時相撲志願者が激増したため,本中力士だけで100名を越えるほどの人数になっていました.そのため,以前は2日1回の取り組みだったのが4日に1回程度になり,昇進が遅れる者が続出したのです.しかし秀の山は自分の弟子たちを短いサイクルで土俵に上げました.これを見た他の力士たちが不平を漏らし,嘉永4年2月,彼らは結束して回向院の念仏堂に立てこもり,1人も場所入りをしない挙に出て,秀の山と相撲協会に反省を促しました.しかし彼らに反省の色は全く見えず,それどころか前相撲以下の力士たちを繰り上げて取り組みを行ったのです.これに怒った本中力士たちは秀の山を打ち殺す計画を立てました.これにはさすがの秀の山も驚き,詫びを入れたため同事件は終結しました.

嘉永事件の22年後,明治6年(1873年)には高砂浦五郎の改革がありました.当時相撲は時代の波に押され,衰退の道を歩んでいました.しかし高砂が明治17年に行った天覧相撲は,衰退しつつあった相撲人気に火をつける結果となり,復興の道を開きました.彼は相撲の規則制定や組織・制度を整備して,相撲の近代化に努めたのでした.明治22年に東京相撲会所は東京大角力協会と名を改めましたが,協会取締に就任したのは高砂でした.しかし取締役に就任した彼は,自分の弟子を贔屓(ひいき)するなど,独裁者と化したのでした.これに対して西方大関の大戸平以下33名は,高砂独裁体制改革を要求しました.これが俗に言う中村楼事件です(明治29年).

中村楼事件は独裁者に対する抗議運動でしたが,明治44年の新橋倶楽部事件は,力士たちの待遇改善を求めたものでした.給金が少額であることに不満を抱いた力士たちは,協会と交渉しますが決裂.結局力士54名は新橋倶楽部に立てこもり,ビリヤード場を土俵に改造して稽古を行いました.これを受けて協会は警視総監の調停によって力士たちと再度交渉し,待遇改善の約束を結んだのでした.この騒動の産物として,引退力士に対する養老金支給の道が初めて開かれたのでした.

これに続くものとしては,大正12年の三河島事件があります.これは養老金の倍額支給や,本場所収入の15%を力士への配当とするなどの待遇改善要求でした.協会との交渉が決裂した後,力士たちは旅館などに立てこもりストライキを行いました.結局は養老金の5割増支給などで決着しましたが,資金捻出のために一場所が11日興行になりました.

三河島事件の後,しばらくして起こったのが前述の春秋園事件でした.このような角界の歴史を見ると,戦前の改革というのは非常にアグレッシブなものであり,皆が団結して必死に行っていたことがよく分かります.戦後の改革としては,例えば判定にビデオが用いられるようになったことなどがありますが,力士たちの待遇改善に関してはほとんど行われていないと言えると思うのです.今の待遇に皆が満足しているから行動を起こさないのか,はたまた貴乃花のようになるのが嫌だから黙っているのか,その辺りの真相は分かりません.ですがもし後者であるなら,やはり行動を起こすべきではないでしょうか.貴乃花が掲げる改革5箇条がすべて正しいものかどうかは分かりません.だからこそ議論すべきだと思うのです.頭ごなしに厳重注意をするだけでは全く能がありません.相撲協会のやる気のなさ,臭い物には蓋をする精神が丸見えです.貴乃花も独り相撲をとるのではなく,本当に改革を行いたいと思っているのなら,歴代の改革者たちのように賛同者を集めるべきです.そのためには自分の改革案の優れている点をもっとアピールしなくてはなりません.ペアシートの導入など,うまくいっている改革もあるのだから,もっと前向きに話し合うべきだと思うのです.昨今のマスコミは貴乃花の傍若無人な態度ばかりが目立つような構成の報道ばかりを行っていますが,こうやって歴史を調べてみると,実は相撲協会も貴乃花と同類項であると僕は思いました.彼らが本当に貴乃花を厳重注意できる立場にあるのか.甚だ疑問です.

<参考リンク>
有限会社 東奥商事
新訂 本場所記録
今日は何の日?(春秋園事件)
大相撲 記録の玉手箱



Posted at 05:47 in 主張・考察・その他 | Permalink | No Comment | | edit

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