「「揺れるマンション」顛末記」はヒューザーのマンションに住む住民によるブログだそうです(from Short Cappuccino via 小ネタBlog~純情派).マスコミによって悪の枢軸に仕立て上げられた小嶋社長も,彼ら住民にとっては生活維持のため,または再建のための望みの綱であることがこのブログの文章から読み取れると思いました.もしかしたらこのブログの著者だけなのかもしれませんが,小嶋社長,それからヒューザーをある種擁護するような言及があるのです.百聞は一見にしかず.よかったらご覧ください.
それにしても,こうやって被害者の意見が世の中にダイレクトに出てしまうとは,すごい時代になったものですね.小ネタBlogのよいこさんも同様の言及をしていますが,本当に凄いと思います.もしかしたら,こうやって何の検閲も査読も受けずに被害者の意見が世に出ることは危険なことなのかもしれません.ですが我々のような一連の耐震問題に直接関与しない者からすれば,被害者の直接的な意見は一番知りたい情報なのです.例えそれが中立な立場からの公平且つ適切な考察でないとしても,ひとつの意見として現場の生の声が聞けるということは非常に意味のあることだと思います.今後同じようなブログがいくつか登場すればいいと思います.この一方で,それをどう受け止めるかは我々の責任です.我々がしっかり吟味しながら現場の声をかみ砕いて理解しなければ,せっかくの情報も無駄になってしまいます.
<関連エントリー>
・姉歯やヒューザーの問題にエンタメ性は不要(2005/11/29)
「揺れるマンション」顛末記を興味深く拝読させて頂きました。
“被害者”の心情をブログという形で、目にすると胸が痛いの一言に尽き、何も言葉も浮かびません。
“職人気質”“職人根性”という言葉を久しく耳にしていませんが、(その代わりに某番組の影響か?“匠”という言葉は良く耳にします。)もともと、日本という国は、“ものづくり”にかけては、かなりの水準及び、誇りを持っていた国だったように思えるのですが、昭和とともにそのような“心意気”はバブルのあの浮ついた雰囲気が、どこかに連れ去っていた様な気が致します。
それとも、私が幼い頃抱いていた日本=ものづくりというイメージは単なる幻想だったのでしょうか?昨日の答弁時の輩の醜態を見ていると、腹ただしさを通り越し、悲しく切なくもなりました。
被害者の方々には本当にお気の毒としか言えない私をお許し下さい!!ただそれだけしか、今は思い浮かびません。
最後にTBさせて頂きます。
顛末記の著者が冷静なところがまた,我々読み手の胸を痛めさせると感じました.当事者となると,我々部外者には分からない”何か”が働いて,意外と冷静に状況を考察できるものなのでしょうか.それともこの著者の考察力が優れているだけでしょうか.何はともあれ,貴重なブログだと思いました.
「日本=ものづくり」というイメージは僕も持っています.そして「ものづくり」は小さな町工場のようなところで支えられてきた技術なのだとも思うのです.しかし最近は大手が幅を利かせるようになり,また不景気のせいもあって,そのような職人気質な技術者が働く町工場はどんどん倒産しています.つまり「日本=ものづくり」の崩壊が急速に進んでいるのです.大企業は「ものづくり」より「金儲け」に興味をそそられ,それに向かって突き進みます.「一生物」を作ったら金儲けにならない.だから数年で壊れるものを作ろうという動きがあります.家具,家電,車など.そしてこれは家にも言えることなのです.「コストを削減して利益を増やそう.耐久年数の短い家を造ろう(でも苦情が出ない程度の耐久性は持たせよう).」という動きがあります.
姉歯の一件では上記のような日本全体の動き,建設業界という特定分野内の動きが如実に表れたのだと思います.姉歯の一件はまだまだ氷山の一角にすぎないのではないかと思いますね.姉歯ほどひどくなくても,それにほぼ等しいことをやっている建築士や関係者は日本国内に結構いるだろうと思うからです.急成長を遂げている不動産会社,それから建築士事務所なんかは怪しいのではないでしょうか.
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